2021年04月01日更新

線型空間の基底の存在

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定理1 選択公理⇔任意の線型空間に基底が存在する.

証明(⇒) Vを任意な線型空間とする.A := { X⊂V | Xは一次独立 }とする.一次独立の定義から,A は明らかに有限性を持つ.

Aが有限性を持つとは「X∈A⇔任意の有限部分集合Y⊂ Xに対しY∈A」が成立すること.

よってTukeyの補題により A は極大元Bを持つ.

Tukeyの補題とは「有限性を持つ集合は(⊂についての)極大元を持つ」という選択公理と同値な命題のこと.Zornの補題・極大原理を参照.

B が V を生成しないと仮定する.すると B の元の一次結合で表せないような元 v∈V が存在するが,この時 B ⊊ B∪{v}∈A となり,B の極大性に矛盾する.よって B は V を生成する,即ち V の基底である.

(←) 選択公理と同値なAMCを示す.

AMC (= the Axiom of Multiple Choice)とは次の命題のこと.

非空集合の族{X_λ}_{λ∈Λ}に対し,有限集合の族{F_λ}_{λ∈Λ}
任意のλ∈Λに対してF_λ⊂X_λとなるものが存在する.

同値性の証明はthe Axiom of Multiple Choiceを参照.

{X_λ}_{λ∈Λ}を空でない集合の族とする.X_λ∩X_μ=∅(λ≠μ)としてよい.kを体とし,X:=∪_{λ∈Λ}X_λを不定元の集合とみなして体 k(X) を考える.

単項式a=αx_1^{e_1}x_2^{e_2}…x_n^{e_n}∈k(X)に対し,I_λ(a):={i∈N|x_i∈X_λ}と置き,λ-deg(a):=Σ_{i∈I_λ(a)}e_iをλ次数と呼ぶことにする.各項のλ次数が m の多項式をm次のλ斉次多項式と呼ぶことにし,その次数もλ-deg で表すことにする.f∈k(X) が

f = g/h (g, hはλ斉次多項式,λ-deg(g) = λ-deg(h)+d )

と表せるとき,f をd次のλ斉次式と呼ぶことにする.

K := { f∈k(X) | 任意のλ∈Λに対し f は0次のλ斉次式 } は k(X) の部分体.よって k(X) はK上の線型空間とみなせる.V := <X> を X でK上生成される k(X) の部分空間とする.仮定より V はK上の基底をもつ.それを B と書く.

さて,λ∈Λとする.X_λ⊂Vの任意の元 x は

x=Σ_{b∈B(x)}α_b(x)b
(B(x)⊂Bは有限集合,\α_b(x)∈K^×)

と一意に表される.他の元y∈X_λも同様にy=Σ_{b∈B(y)}α_b(y)bと書くと

y=(y/x)x=Σ_{b∈B(x)}(yα_b(y)/x)b

となる.表現の一意性から

B(x)=B(y), α_b(x)/x=α_b(y)/y

である.即ち,B(x)とα_b(x)/xはxによらずにλから定まる.そこでB_λ :=B(x), β_{b, λ}:=α_b(x)/xと書く. α_b(x)∈Kだからβ_{b, λ}は-1次のλ斉次式である.よって,β_{b, λ}を既約分数で表す事にすると,分母には必ずX_λの元が現れる.故に

F_λ:={x∈X_λ |∃b∈B_λ, xはβ_{b, λ}の分母に現れる}

と置けば各F_λ⊂X_λは空でない有限部分集合である.よって the Axiom of Multiple Choice が成立する.

AMC⇒選択公理 は基礎の公理を使っているから,この ⇐ の証明も基礎の公理を使っていることになる.この証明が基礎の公理無しでできるかどうかは未解決問題である.一方,次の定理の同値は基礎の公理なしで成り立つ.

定理 選択公理 ⇔ 任意の線型空間は整列可能な基底を持つ.

証明 ( ⇒ )明らか.

( ⇐ )整列可能定理を示す. X を任意の集合として, X で生成される F2 上の線型空間 F2(X) を考える.仮定より, F2(X) は整列可能な基底 B⊂F2(X) を持つ.即ち F2(X)F2(B) である. B が整列可能だから,|B| = |Pfin(B)| = |F2(B)| となり, F2(B) も整列可能であることが分かる.故に X⊂F2(B) も整列可能である.

定理2次の命題は(ZF上)同値.

  1. 選択公理
  2. 線型空間の生成系は基底を含む.
  3. Q-線型空間の生成系は基底を含む.
  4. F2-線型空間の生成系は基底を含む.

証明(1 ⇒ 2) 定理1と同様.

(2 ⇒ 3) 明らか.

(3 ⇒ 1) AMCを示す.

AMC⇒選択公理 は基礎の公理を使っているから,この 3⇒1 の証明も基礎の公理を使っていることになる.実は,3⇒1 の証明には基礎の公理は必要ない.何故ならば,仮定3から「有限集合の族についての選択公理」が導かれるからである.それをここで示しておく.

「有限集合の族についての選択公理」を示すには次の命題を示せばよい.

有限集合の族{X_λ}<sub>λ∈Λ</sub>が「任意のλ∈Λ に対し|Xλ|≧2」を満たすとき,
ある族{Fλ}λ∈Λが存在して任意のλ∈Λ に対して∅≠ Fλ⊊ Xλとなる.

the Axiom of Multiple Choiceの定理2と同様である.

有限集合の族{X_λ}<sub>λ∈Λ</sub>が「任意のλ∈Λに対し|Xλ|≧2」を満たすとする.これらは互いに素であるとしてよい.λ∈Λとする.

Vλ := { Σx∈Xλ αxx | αxQ, Σx∈Xλ αx=0 }

とする.VλQ上の線型空間で,明らかに dimQ Vλ = |Xλ|-1 である.

有限次元線型空間では,選択公理無しに次元が一意に定まることに注意する.

V := ⊕λ∈Λ Vλと置く. Gλ := { x-y∈Vλ | x, y∈Xλ, x≠y }, G := ∪λ∈Λ Gλ とすれば G は V を生成する.故に仮定から V の基底 B⊂G が存在する. Bλ := B∩Gλと置く. Gλ の定義から,Bλ は |Xλ|-1 個の x-y からなる. そこには Xλ の元が 2(|Xλ|-1) 回現れる.

(i) |Xλ|≧3 のとき.
このときは |Xλ| が 2(|Xλ|-1) を割らないから,全ての x∈Xλが同じ回数表れるということは無い.そこで mλ := min{ xが現れた回数 | x∈Xλ } として Fλ := { x∈Xλ | xが現れた回数=mλ } と置けばよい.

(ii) |Xλ|=2 のとき.
このときは |Bλ|=1 である.Bλ={b} とする.今Qは標数0だから1≠-1.そこで Fλ := { x∈Xλ | bに現れるxの係数=1 } と置けばよい.

AMCを示す為に,{X_λ}_{λ∈Λ}を非空集合の族とする.各Xλは3つ以上元を持つとしても一般性を失わない.各λ∈Λに対しQ-線型空間Vλ

Vλ := { f: XλQ | ある有限集合 F⊂Xλがあって f は Xλ\F 上定数関数 }

と定義する.Gλ := { f∈Vλ | fは定数関数ではないが一点を除くと定数関数 } と置けばGλはVλを生成する.

V := ⊕λ∈Λ Vλとする.標準的な埋め込み iλ: Vλ→V が存在する.G := ∪λ∈Λ iλ(Gλ)と置けば G は V を生成する.そこで仮定より V の基底 B⊂G が存在する.Bλ := { x∈Vλ | iλ(x)∈G } とすれば Bλ⊂GλがVλの基底である.

定数関数 1∈Vλを基底 Bλの元 bi の一次結合で表す: 1=α1b1+…+αnbn.bi∈Gλで,Xλは3つ以上の元を持つから,bi: XλQ が Xλ\{xi} 上定数関数になるような xi が唯一つ存在する.そこで Fλ := { x1, …, xn } とすればよい.

(2 ⇒ 4) 明らか.

(4 ⇒ 1) {X_λ}<sub>λ∈Λ</sub>を互いに素な非空集合の族とする. 各Xλは無限集合としても一般性を失わない.λ∈Λとする. Vλ := { f: XλF2 | 有限個のx∈Xλを除いてfは定数関数 }⊂F2Xλ と置く. VλF2-線型空間F2Xλの部分空間である.x∈Xλに対して fx, gx∈Vλ

fx(x) := 1, y≠xのとき fx(y) := 0
gx(x) := 0, y≠xのとき gx(y) := 1

で定める.V := ⊕λ∈Λ Vλ とする. G := ∪λ∈Λx∈Xλ{ fx, gx } は V の生成系である.故に仮定4から V の基底 B⊂G が存在する.

λ∈Λを取る.fxλ∈B かつ gxλ∈B となるような xλ∈Xλ が一意に存在する.

1λ∈Vλを 任意の x∈Xλ に対して 1λ(x) := 1 で定める. B が V の基底だから e(0), …, e(nλ)∈B が一意に存在して 1λ = e(0)+…+e(nλ)と書ける. e(i)∈V のVλ成分を e(i)λ と書く.

I := { 0≦i≦nλ | e(i)λは無限個の x∈Xλ に対して1を取る }

と置く.

| I | が偶数だとすると Σi∈I e(i)λは有限個の x∈Xλ を除いて 0 を取る. 故に 1λ∈Vλ は有限個の x∈Xλ を除いて 0 を取る. 今 1λ は x∈Xλ に対して 1 を取るから,Xλは有限集合で無ければならず,矛盾する.従って | I | は奇数である.

このときΣi∈Ie(i)λは有限個のx∈Xλを除いて1を取る. Yλ := { x∈Xλ | Σi∈Ie(i)λ(x)=0 } と置く. xλ∈Yλを一つ取る.今,| I | は奇数だったから, ある j∈I が存在して e(j)λ(xλ)=0 となる. j=0 としてよい.このとき,G の定義から明らかに e(0)λ=gxλである.故に n=1 かつ e(1)λ = fxλ となることが分かる. 即ち fxλ∈B かつgxλ∈B である. このとき 1λ = fxλ+gxλ だから,表現の一意性により, このような xλ は唯一つしか存在しない.

このxλを使って f: Λ→∪<sub>λ∈Λ</sub>X_λをf(λ) := xλ と定めれば,f が選択関数である.

2⇒1 の証明については,簡明な証明が知られています.かがみさんの日記の線型空間の基底の存在と選択公理 (簡単な場合)を参照.

Bases, spanning sets, and the axiom of choiceによれば「ある体Fが存在して,F-線型空間の生成系は基底を含む.」が選択公理と同値になるようです.

定義 V を集合,\Subsetを P(V) 上の二項関係とする.小文字 x, y は V の元を動き,大文字 X, Y, Z は V の部分集合を動くとする.次の条件を満たすとき,(V, \Subset)を一般化線型空間と呼ぶことにする.

  1. Y⊂X ならば Y\SubsetX.
  2. 「任意のλ∈Λに対してXλ\SubsetY」ならば∪<sub>λ∈Λ</sub>X_λ\SubsetY.
  3. X\SubsetY かつ Y\SubsetZ ならば X\SubsetZ.
  4. {x}\SubsetX∪{y} かつ {x}\not\SubsetX ならば {y}\SubsetX∪{x}.
  5. {x}\SubsetX ならば,ある有限部分集合 Y⊂X が存在して {x}\SubsetY.

定義(V, \Subset)を一般化線型空間とする.

  1. X⊂Vが独立 ⇔ {x}\SubsetX\{x} となる x∈X は存在しない.
  2. B⊂Vが基底 ⇔ B が独立でありかつ V\SubsetB.

定理選択公理 ⇔ 任意の一般化線型空間に基底が存在する.

証明(⇒) Vを一般化線型空間とする.A := { X⊂V | Xは独立 } は有限性を持つ.

X が独立であるとする.有限部分集合 Y⊂X が独立でないと仮定する. ある y∈Y が存在して{y}\SubsetY\{y}となる.Y\{y}⊂X\{y} だから一般化線型空間の定義の1により Y\{y}\SubsetX\{y} である.故に定義の3から {y}\SubsetX\{y}となり,X が独立であることに矛盾する.故に任意の有限部分集合 Y⊂X は独立である.

逆に,任意の有限部分集合 Y⊂X が独立であるとする.X が独立でないと仮定する.ある x∈X が存在して {x}\SubsetX\{x} となる.このとき定義の5から,ある有限部分集合 Z⊂X\{x} が存在して{x}\SubsetZ である.このとき Y := Z∪{x} と置けば{x}\SubsetY\{x} となり,有限部分集合 Y⊂X が独立であることに矛盾する.故に X は独立である.

従ってTukeyの補題により A は⊂に関する極大元 B∈A を持つ.B が基底でないとする.B は独立だから,V\not\SubsetBである.V = ∪x∈V{x} だから,一般化線型空間の定義の2によりある x∈V が存在して {x}\not\SubsetB となる.C := B∪{x} と置けば C は独立である.

C が独立でないと仮定するとある y∈C が存在して {y}\SubsetC\{y} である.{x}\not\SubsetB だから y≠x,よって y∈B である.B は独立だから {y}\not\SubsetB\{y} となる.{y}\SubsetC\{y} = (B\{y})∪{x} だから定義の4により {x}\Subset(B\{y})∪{y} = B となり矛盾する.

故にBの極大性に矛盾する.従ってBは基底である.

(←) {X_λ}<sub>λ∈Λ</sub>を互いに素な非空集合の族とする. V:=∪<sub>λ∈Λ</sub>X_λとして\Subset

X\SubsetY ⇔ 任意のλ∈Λに対して「X∩Xλ≠ ∅ ならばY∩Xλ≠ ∅ 」

と定める.(V, \Subset)は一般化線型空間である.

一般化線型空間の定義1から5を確かめる. 1,2,3は明らかである.

4について.{x}\SubsetX∪{y} かつ {x}\not\SubsetX とする.x∈V だから,あるλ∈Λが一意に存在して x∈Xλ である.即ち {x}∩Xλ≠ ∅ である.任意のμ≠λに対して {x}∩Xμ= ∅ だから,{x}\not\SubsetX となるためには X∩Xλ= ∅ でなければならない.一方,{x}\SubsetX∪{y} の定義と {x}∩ Xλ≠ ∅ から(X∪{y})∩Xλ≠ ∅ である.故に y∈Xλ となる.従って {y}\SubsetX∪{x} が分かる.

5について.{x}\SubsetX とする.x∈V だから,あるλ∈Λが一意に存在して x∈ Xλ である.y∈X∩Xλ を一つ取る.このとき Y := {y} とすれば明らかに {x}\SubsetY となる.

よって仮定により V の基底 B が存在する.V\SubsetB だから,任意のλ∈Λに対して B∩Xλ≠ ∅ である.x, y∈B∩Xλ とする.基底 B は独立だから {x}\not\SubsetB\{x} である.{x}∩Xλ≠ ∅,任意のμ≠λに対して {x}∩Xμ= ∅ だから,{x}\not\SubsetB\{x} となるためには (B\{x})∩Xλ= ∅ でなければならない.y∈B∩Xλ だったから x=y である.従って,|B∩ Xλ|=1 が分かった.故に B が{X_λ}<sub>λ∈Λ</sub>の選択集合である.

参考文献

コメント

kazz | 2012年3月21日 16:13

壱大整域さん、初めまして。

選択公理関連の資料を、大変興味深く拝見しております。
更新されるつど、pdf をダウンロードしております。

僕の専門はホモトピー論でしたが、数学基礎論も、
独学で勉強していたことがあります。
時機を見て、貴殿のサイトから勉強しようと思っております。

ところで、このページの基底の存在についての疑問ですが、定理1の証明で、β_{b, λ} を既約分数で表すとありますが、既約分数で表す表し方は、一意に定まるのでしょうか?不定元が一つだけの多項式であれば良いのですが、不定元がいくつもある多項式の場合、有理式を既約分数 P/Q で表すときの P と Q が、一意に決まるかどうか、疑問です。

もっとも、係数体kを有理数体Qとして、

β_{b, λ} = P/Q

とあらわしたとき、P または Q に現れる不定元の全体
H(P, Q) の基数が最小になるようにすれば、H(P, Q)
はそのような P と Q の選び方によらず一意に定まり、
F_λ として、b が B_λを動くときの、そのような
H(P, Q)∩X_λ の合併と定義すれば、
僕が感じたギャップは切り抜けられますが。

以上の点について、ご回答をいただけないでしょうか?

kazz | 2012年3月21日 16:17

すみません、有理数体の Q と 多項式の Q がダブっていました。有理数体の Q は、Q' とでも置き換えてください。

kazz | 2012年3月21日 16:43

一応、補足しておきます。

僕の最初のコメントで、「有理数体Q」とあるところだけ、
Q は有理数全体です。そのほかの部分の記号 Q は、多項式です。

管理人 | 2012年3月21日 17:32

指摘ありがとうございます。

既約分数については、一意に定まるものと思っていました。
(勿論、厳密には(x-1)/(x-2)=(1-x)/(2-x)のように一意ではありませんが、現在の議論には関係ありません。)
本当に一意か? と聞かれると自信がないのですが、とりあえずwikipedia( http://en.wikipedia.org/wiki/Irreducible_fraction )には
"The irreducible fraction for a given element is unique up to multiplication of denominator and numerator by the same invertible element."
との記述があります。

kazz | 2012年3月21日 17:51

管理人様

ご回答ありがとうございます。
リンク先の記事と、更にそのリンク先を読んだところ、
確かに、既約分数表示は一意のようです。

ここで僕が問題にしているのは、定数倍を含んで一意になるかと言う意味ではないです。

体 k を係数とする多項式環が一意分解整域になるという性質が、エッセンシャルです。一意分解性域の分数体に於いては、既約分数表示が、「可逆元による定数倍を除いて」一意に決まるようですね。

以下のリンクも参考にしました:

http://en.wikipedia.org/wiki/Unique_factorization_domain#Examples

次の記述があります。

If R is a UFD, then so is R[X], the ring of polynomials with coefficients in R. Unless R is a field, R[X] is not a principal ideal domain. By iteration, a polynomial ring in any number of variables over any UFD (and in particular over a field) is a UFD.

ここで、UFD とは、一意分解整域のことです。
ありがとうございました。

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