2012年10月14日更新

Noether環の条件について

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可換環論において,次の命題はよく知られている.

命題 (1を含む)可換環Rについて次の条件は同値. (この条件を満たす可換環RをNoether環という.)

  1. Rのイデアルからなる非空集合は極大元をもつ.(極大条件)
  2. Rの任意のイデアルは有限生成である.
  3. Rのイデアルの上昇列I0⊂I1⊂I2⊂…に対して,ある番号nが存在してIn=In+1=In+2=…となる.(昇鎖条件)

証明 (1 ⇒ 2) IをRのイデアルとする.X := { J⊂I | JはRの有限生成イデアル } とおく.明らかに{0}∈XだからX≠∅.故に仮定1により極大元J∈Xが存在する.J≠Iと仮定する.x∈I\Jを取り J' := J+(x) と置けば,明らかに J' は有限生成で J ⊊ J'⊂I となるから J の極大性に矛盾する.従って J=I であり,Iは有限生成となる.

(2 ⇒ 3) I0⊂I1⊂I2⊂…をイデアルの上昇列とする.J := ∪n=0In もRのイデアルとなる.故に仮定2からJは有限個の元x0, …, xm∈Jで生成される.Jの定義から,各0≦i≦mについてxi∈I_{ni}となる番号niが存在する.このとき n = max{ n0, …, nm } と置けばIm=Im+1=…=Jである.

(3 ⇒ 1) イデアルの集合Xが極大元を持たないとする.I0∈Xを一つ取る.これがXの極大元でないから,ある I1∈X が存在して I0 ⊊ I1 となる.これを繰り返して無限上昇列 I0 ⊊ I1 ⊊ I2 ⊊ …を得る.

この3 ⇒ 1の証明は選択公理を使っている.それは In に対して In ⊊ In+1となるような In+1∈X を取るところである.

[Hodges]によると,ZFでは「任意のイデアルが有限生成な,極大イデアルを持たない整域が存在する」「イデアルの昇鎖条件を満たす,有限生成でないイデアルを持つような可換環が存在する」としても矛盾しない.即ち,3⇒2 と 2⇒1 はZFでは証明できない.

更に,ZFCでは次の条件も同値であるが,この証明にも選択公理を使う.

命題 Rの任意のイデアルは有限生成 ⇔ Rの任意の素イデアルは有限生成

証明(⇒) 明らか.

(⇔) 有限生成でないイデアルが存在すると仮定する.X := { I⊂R | Iは有限生成でないイデアル } と置けば,X≠∅となる.XにZornの補題を適用して,Xの極大元Iの存在が分かる.Iは有限生成で無いから,仮定により素イデアルでない.従ってあるx, y∈Rが存在してx, y∉ I, xy∈Iとなる.J:=I+(y)とすればJはイデアルでI⊊ Jだから,I∈Xの極大性によりJは有限生成である.故にあるu0, …, un∈Iが存在してJ=(u0, …, un, y)と書ける.一方,I:y := { r∈R | ry∈I } と置けば,これもイデアルで I ⊊ I:y となるから,あるv0, …, vn∈I:y が存在して I:y=(v0, …, vm) と書ける.このとき I=(u0, …, un, v0y, …, vmy) である.

明らかにI⊃(u0, …, un, v1y, …, vmy)である.

r∈Iとする.I⊂J=(u0, …, un, y)だから,あるa0, …, an+1∈Rが存在してr=a0u0+…+anun+an+1yと書ける.このときan+1y=r-a0u0+… +anun∈Iだからan+1∈I:yである.故にあるb0, …, bm∈Rが存在してan+1=b0v0+… +bmvmと書ける.するとr=a0u0+…+anun+b0v0y+… +bmvmyである.

故にIが有限生成となり矛盾する.

再び[Hodges]によれば「Rの任意の素イデアルは有限生成である⇒2」はZFでは証明できないことが知られている.最後に,一般に以下のような事実が知られているので紹介する.

定義Xを集合,R⊂X× Xを二項関係とする.

  1. x∈XがRに関する極大元である
    ⇔ 任意のy∈Xについて「xRy⇒yRx」となる.
  2. Rが昇鎖条件(Ascending Chain Condition)を満たす
    ⇔ 任意の上昇列は有限で止まる.即ち,列 { xn }n=0がx0Rx1Rx2R…を満たすならば,ある番号nが存在してxn=xn+1=xn+2=…となる.
  3. Rが極大条件(Maximal Condition)を満たす
    ⇔ 任意の空でない部分集合Y⊂XがRに関する極大元を持つ.

定義 次の命題を従属選択公理(Axiom of Dependent Choice)という.
非空集合X上の二項関係 R⊂X×X が

任意のx∈Xに対してあるy∈Xが存在してxRy

を満たすとき,Xのある点列{xn}n=0が存在して任意のnに対してxnRxn+1となる.(詳しくは従属選択公理についてを参照)

定理 次の命題は(ZF上)同値.

  1. 従属選択公理
  2. 二項関係Rが昇鎖条件を満たすならば,Rは極大条件を満たす.
  3. 順序関係Rが昇鎖条件を満たすならば,Rは極大条件を満たす.

証明 (1 ⇒ 2) Rが極大条件を満たさないとすると,極大元を持たないY(≠∅)⊂Xが存在する.Yが極大元を持たないから,任意のx∈Yに対してあるy∈Yが存在してxRyかつ¬yRxである.即ちYの二項関係 S := R|Y\{ (y, y)∈Y×Y | y∈Y } は従属選択公理の仮定を満たすからある列 { yn }n=0が存在してy0Sy1Sy2S…である.Sの定義から,任意のnに対してyn≠yn+1である.S⊂Rだから,{ yn }n=0はRの無限上昇列である.

(2 ⇒ 3) 明らか.

(3 ⇒ 1) Xを集合,R⊂X×Xを二項関係で「任意のx∈Xに対してあるy∈Xが存在してxRy」を満たすものとする.あるx∈Xに対してxRxだとするとxRxRxR…が条件を満たすから,任意のx∈Xに対して¬xRxとする.

S⊂X×XをRの推移閉包とする.即ち

xSy ⇔ あるn∈N とc0, …, cn∈Xが存在して x=c0Rc1R… Rc_{n-1}Rcn=y

である.このとき≦ := S∪{ (x, x)∈X×X | x∈X } と置けば≦はXの順序関係である.

≦の定義により「任意のx∈Xに対してあるy∈Xが存在してx<y」が成り立つ. 故に(X, ≦)は極大元を持たない. 従って仮定3により≦は昇鎖条件を満たさない. 従属選択公理から可算選択公理が従う(従属選択公理についてを参照)から,後で示す補題によりRも昇鎖条件を満たさない.よって無限上昇列x0Rx1Rx2R…が存在する.

補題 可算選択公理
⇔ Rが昇鎖条件を満たすならば,Rの推移閉包Sも昇鎖条件を満たす.

証明(⇒) Sの無限上昇列x0Sx1Sx2S…が存在したとする. n≧0に対して Sn := { (c0, …, ck) | k∈N, xn=c0Rc1R…Rc_{k-1}Rck=xn+1 } と置けば xnSxn+1の定義によりSn≠∅である. 従って可算選択公理により元 ( sn )n=0∈Πn=0Snを得る. sn = (c0(n), …, c_{kn}(n)) と書けば c0(0)Rc1(0)R… c_{k0-1}(0)Rc0(1)R…はRの無限上昇列である.

(←) { Xn }n=0を互いに素な非空集合の族とする. 二項関係Rを

R :={ ((n, 2n), (n, 2n+1, x)) | n∈N, x∈Xn }
  ∪{ ((n, 2n+1, x), (n+1, 2n+2)) | n∈N, x∈Xn }

で定める.Rの推移閉包Sは明らかに無限上昇列((n, 2n))n=0を持つ.よってSは昇鎖条件を満たさない.従って仮定によりRも昇鎖条件を満たさない.

Rの無限上昇列をc0Rc1Rc2R…とする.Rの定義からc0=(k, 2k)またはc0=(k, 2k+1, x)と書ける.c0=(k, 2k)としてよい.このときRの定義から

c2i=(k+i, 2k+2i), c2i+1=(k+i, 2k+2i+1, xi) (xi∈Xi)

と書ける.よって,x0∈X0, …, xi-1∈Xi-1を任意に取れば(xn)n=0∈Πn=0Xnである.

参考文献

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