環の極大イデアルの存在
ここでは環には可換性も単位元の存在も仮定しないものとする.また自明な環は考えな い.即ち次の定義を採用する.
定義次の性質を満たす(R, +, ・, 0)を環という.
- (R, +, 0)はアーベル群である.
- (R, ・)は半群である.
- 分配律 (x+y)z=xz+yz, x(y+z)=xy+xz が成り立つ.
- 0以外の元を少なくとも一つ持つ.
Zornの補題を使うことで命題「単位的可換環は極大イデアルを持つ」が容易に示され る.この命題をKrullの定理と呼ぶが,実はこれは選択公理と同値になることが知られて いるのである.ここではそれを証明する.
定義Rを環とする.
- 「任意のx∈Rに対しx1=x」となる元1∈Rを右単位元という. 右単位元を持つ環を右単位的環ということにする.
- 「任意のx∈Rに対し1x=x1=x」となる元1∈Rを単位元という. 単位元を持つ環を単位的環という.
- e^2=eとなる元e∈Rを冪等元(idempotent)という.
- eRe=Reとなる冪等元e∈Rをleft semicentral idempotentという.(左半中心冪等元と訳すことにする.)
- 乗法が可換である環を可換環という.
- 「xy=0 ⇒ x=0またはy=0」を満たす単位的可換環を整域という.
- 任意の元が既約元の積に一意的に分解できる整域を一意分解整域という.
定義環Rの部分集合 I ≠ ∅ が次の性質を満たすとき,Iを左イデアルという.
- I⊂Rは加法についての部分群である.
- 任意のx∈Iと任意のr∈Rに対しrx∈I.
環Rの部分集合I≠∅が次の性質を満たすとき,Iを右イデアルという.
- I⊂Rは部分群である.
- 任意のx∈Iと任意のr∈Rに対しxr∈I.
左イデアルかつ右イデアルであるようなI⊂Rを両側イデアルという. ここでは,両側イデアルを単にイデアルと呼ぶことにする. また I ⊊ R となるイデアルIを真のイデアルという.真の左イデアルも同様.
定理次の命題は(ZF上)同値.
- 選択公理
- 右単位的環は極大左イデアルを持つ.
- 右単位的環は極大イデアルを持つ.
- 右単位的環の真の左イデアルはある極大左イデアルに含まれる.
- 右単位的環の真のイデアルはある極大イデアルに含まれる.
- 冪等元(≠0)を持つ環は極大左イデアルを持つ.
- 左半中心冪等元(≠0)を持つ環は極大イデアルを持つ.
- 単位的可換環は極大イデアルを持つ.
- 一意分解整域は極大イデアルを持つ.
命題「単位的環は極大イデアルを持つ」をKrullの定理と呼ぶようです.
証明 (1⇒2) R を右単位的環とする.X := { a ⊊ R | aは左イデアル } と置く.任意のr∈Rに対し r0=0 であるから 0⊂R は左イデアル,よって0∈XとなるからXは空でない.
Xに⊂で順序を入れる.C⊂Xを部分全順序とする.I := ∪a∈C a は左イデアルである.
任意の x, y∈I と r∈R を取る.I の定義より,あるa, b∈Cが存在してx∈a, y∈bとなる.Cの全順序性より a⊂b または b⊂a である.a⊂b としても一般性を失わない.このとき x∈a⊂b であるから x-y∈b⊂I である.また rx∈a⊂I も成立する.故にIは左イデアルである.
今,R の右単位元を 1 とすれば ¬1∈I である.
1∈I と仮定する.I の定義よりある a∈C が存在して 1∈a となる.このとき任意の r∈R に対し r=r1∈a であるから R⊂a となって矛盾する.
よって I⊂R は真の左イデアルとなる.即ち I∈X であり,I はCの上界となる.従ってZornの補題より X は極大元を持つ.それが R の極大左イデアルである.
1⇒3 の証明も同様である.
(1⇒4) 右単位的環Rの真のイデアルをbとするとき, X := { a ⊊ R | aは左イデアル,b⊂a } と置いて 1⇒2 と同じようにZornの補題を適用すればよい.
1⇒5 も同様.
(1⇒6) Rを環とし,e (≠ 0)∈Rを冪等元とする.a := { x∈R | xe=0 } は左イデアルである.
任意のx, y∈aとr∈ Rを取る.このとき (x-y)e = xe-ye = 0, (rx)e = r(xe) = 0 となるからx-y, rx∈a.故にaは左イデアルである.
またR = Re ⊕ a (左イデアルの直和)となる
R⊃Re+aは明らか.r∈R とすると r = re+(r-re)∈Re+a.従って R = Re+a である.あとはRe∩a=0を示せばよい.そこでxe∈Re∩aを任意に取る.eが冪等元であることにより xe = x(e2) = (xe)e = 0 である.
もしa=0であればeは右単位元となるから,既に示された条件2によりRは極大左イデアルを持つ. なのでa≠0とする.X := { b ⊊ R | bは左イデアル,a⊂b } と置く.a∈XだからX≠∅.Xに⊂で順序を入れる.C⊂ Xを部分全順序とする.I := ∪b∈C b は左イデアルである.
1⇒2のときと同様.
明らかにa⊂Iである.I=Rと仮定する.するとe∈Iとなるから,あるb∈Cが存在してe∈bとなる.するとR = Re ⊕ a⊂b となるから b ⊊ R に矛盾する.故にI≠Rである.即ち I∈Xで,I はCの上界となる.
従ってZornの補題よりXは極大元を持つ.それがRの極大左イデアルである.
(3⇒7) Rを環とし,e (≠0)∈Rを左半中心冪等元とする.1⇒6のときと同様,a := { x∈R | xe=0 } は左イデアルで,R = Re ⊕ a となる.a⊂Rは両側イデアルである.
右イデアルであることを示せばよい.任意の x∈a と r∈R を取る.e が左半中心冪等元であることから
(xr)e = x(re) = x(ese) = (xe)se = 0.
故に xr∈a.
故に環同型 R/a ≅ Re が成り立つ.Re は右単位的環である.従って仮定3によりRe (≅ R/a)は極大イデアルを持つ.剰余環の性質からRも極大イデアルを持つことが分かる.
2⇒8, 3⇒8,…,7⇒8 と 8⇒9 は自明.
(9⇒1)選択公理と同値な「木(T, ≦)は極大部分全順序集合を持つ」を示す
(T, ≦)を順序集合とする.t∈T に対し t' := { s∈T | s≦t } と書くことにする. 任意の t∈T に対し (t', ≦) が全順序になるとき,(T, ≦) を木と呼ぶ. 同値性はZornの補題・極大原理の定理1参照.
(T, ≦) を木とする.Tの元を不定元とする有理数係数の多項式環 Q[T] を考える.G⊂Tで生成されるイデアル GQ[T]⊂Q[T] は素イデアルである.
L := { G⊂T | (G, ≦)は全順序 } と置き S := Q[T]\∪G∈L GQ[T] を考える.素イデアルの和集合の補集合だから,Sは積閉集合である.そこで R := S-1Q[T] を考える.Rは一意分解整域である.よって仮定9より極大イデアル m⊂R を持つ.
c∈mを取る.c=x/s (x∈Q[T], s∈S, xとsは共通因子を持たない)と表示する.x=q0f0+…+qnfn (qi∈Q×, fiはTの元の積,i ≠ j ⇒ fi ≠ fj ) と書ける.cは非可逆だから¬x∈S,即ち x∈∪G∈L GQ[T] だからx∈GQ[T] となる G∈L が存在する.故に全順序有限集合A⊂Tで条件
- f0, …, fn はAの中に因子を持つ.
- Aの各元は f0, …, fn のどこかに因子として現れる.
を満たすものが存在する.(この2つの条件をまとめて(*)cと書くことにする.)このようなAは一意には定まらないが,高々有限個しかない.よって E(c) := { maxA | Aは(*)cを満たす } は有限集合.定義から,t∈E(c) ならば c∈t'R である.
D := { t∈T | 任意のc∈m\{0}に対してある r∈E(c) と t が比較可能 }
と定める.
[1] D⊂mである.
t∈D\mと仮定する.m⊂Rは極大イデアル,よって あるa∈Rとc∈mが存在してat+c=1とできる.{t}∈Lであるからt∈Rは非可逆. 故にc≠0.Dの定義よりあるr∈E(c)が有ってtとrは比較可能. この時c∈r'Rでもある.
(i)r≦tの時.
c∈r'R⊂t'Rであり,また定義から明らかにt∈t'Rだから 1=at+c∈t'R
(ii)t≦rの時.
t∈r'R だから 1=at+c∈r'R
Rの定義よりt'Rやr'RがRと一致することはありえない.よって(i)(ii)のどちらにしろ矛盾.
[2] Dは全順序で,t∈Dかつv≦tならばv∈Dである.
t, s∈DとするとD⊂mによりt+s∈m.よってt+sは非可逆.従ってRの定義から,ある全順序集合G⊂Tが有ってt+s∈GQ[T]である.この時t, s∈Gとなるから,tとsは比較可能である.即ち(D, ≦)は全順序である.
次にt∈Dかつv≦tとする.任意のc≠0を取る.t∈Dだからあるr∈E(c)が有ってtとrは比較可能.
(i)r≦tの時.
r, v∈t'だから,Tが木であることよりrとvは比較可能である.
(ii)t≦rの時.
v≦t≦r,即ちrとvは比較可能である.
よって(i)(ii)のどちらの場合でも v∈D となる.
[3] m⊂DRである.
c∈m\DRと仮定する.c∈Q[T]と仮定してよい.勿論c≠0である.この時D∩E(c)=∅である.
t∈D∩E(c)と仮定すると[2]からc∈t'R⊂DRとなり矛盾する.
E(c)={t1, …, tk}と書く.(各t_iは互いに異なるとする.) ti∉Dだから,あるbi(≠0)∈mが存在して,全てのr∈E(bi)に対しtiとrは比較不可能.bi∈Q[T]としてよい.
qi∈Qとしてx=c+q1b1+…+qkbkを考える.この時,c, b1, …, bkに含まれる各項が互いに打ち消してしまわないようにqiを選ぶ.(Qが無限体なのでこのようなことは可能である.)
w∈E(x)とする.E(x)の定義より(*)xを満たすような全順序有限集合Aでw=maxAとなるものが存在する.
Ac := { a∈A | aはcに含まれる項のどれかに因子として含まれる }
と置くと,qi の選び方から Ac は(*)cを満たす.故に tj=max Ac となる番号 j が存在する.B⊂Aだから tj=max Ac≦max A=w.この j について
Abj := { a∈A | aはbjに含まれる項のどれかに因子として含まれる }
と置くと,qi の選び方から Abj は(*)bjを満たす.故に r := max Abj∈E(bj)であり,Abj⊂Aだから r=max Abj≦max A=w となる. Tは木だから ti と r は比較可能になるが,これはbjの取り方に矛盾する.
[1][3]によりm=DRである.部分全順序D⊂Tが極大でないと仮定する.[2]よりあるt∈Tが存在し全てのr∈Dに対しr<tとなる.すると m = DR ⊊ t'R ⊊ Rとなり,mの極大性に矛盾する.従ってD⊂Tは極大である.
※各条件の中の「左」と「右」を入れ替えた命題も,やはり選択公理と同値になる. 証明の中の左右を入れ替えればよい.
※条件7の「左半中心」という条件が無い場合,極大イデアルが存在しないことがありえる.
例えばKを体として,K上の次元がωとなるような線型空間Vを考える. 順序数α≦ωに対しRα := { f∈EndK(V) | rank(f)<α} と定義して,環Rωを考える. 集合 { Rα | α<ω } が環Rωの真のイデアル全体である. 即ちRωは極大イデアルを持たない. しかしRωは冪等元をたくさん持っている.
※条件6について.冪等元が無い環の場合,極大左イデアルが存在しないことがありえる.
例えば群Q/Zの部分群R := { m/p^n+Z | m, n∈Z } を考える.任意のx, y∈ Rに対してxy=0として積を定義すれば,Rは(0でない)冪等元を持たない可換環となる.このときRは極大(左)イデアルを持たない.
※条件2について.分配律を仮定しない環の場合,(たとえ1が有っても)極大左イデアルが存在しないことがありえる.
例えば群(Z/3Z, +)を考える.乗法・を
0・2=2・0 =0, 1・2=2・1=1, 2・2=2, 0・0=1, 0・1=1・0=2, 1・1=0
で定めると(Z/3Z, +, ・)は分配律を満たさないが乗法単位元2を持つ環になる.
I⊂Z/3Zをイデアルとするとイデアルは部分群だからI=0またはI=Z/3Zしかありえない.
しかし0・0=1だから0はイデアルでない.故に(Z/3Z, +, ・)は真のイデアルを持たない.
先の証明 1⇒2 では0が左イデアルであることを使っているが,それを示す為に使うx0=0を導くのに分配律を使っているのである.
参考文献
- W. Krull, Idealtheorie in Ringen ohne Endlichkeitsbedingung, Math. Ann. 101 (1929), 729-744
- Wilfrid Hodges, Krull implies Zorn, J. London Math. Soc. 19 (1979), 285-287
- Henry E. Heatherly Some ring theoretic equivalents to the Axiom of Choice, Henry Heatherly, University of Louisiana at Lafayette, LA/MS MAA Proceedings 2004
- Patrick J. Morandi, Rings with no Maximal Ideals, http://sierra.nmsu.edu/morandi/notes/mathematicalnotes.html
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