本当は怖い濃度の話
集合 X に対して濃度 |X| というのがあり,大学数学ですぐやる馴染み深い概念ですが, |X| は集合として次のようにきちんと定義できます.
定義 集合 X に対して |X| := min{ α: 順序数 | 全単射 α→X が存在する }
このように定義すると次の性質が成り立ちます.
命題 集合 X, Y に対して
- |X|=|Y| ⇔ 全単射 X→Y が存在する.
- 全単射 X→|X| が存在する.
ところで,この定義は明らかに選択公理に依存しています.では選択公理を使わずに濃度が定義できるのかというと,Scottのトリックというものを使い定義することができます.
定義 集合 X に対して |X| を
α(X) := min{ rank(Y) | 全単射X→Yが存在する }
|X| := { Y | rank(Y)=α(X),全単射X→Yが存在する }
と定める.
このように定義すれば,次の性質が成り立ちます.
命題 集合 X, Y に対して「 |X|=|Y| ⇔ 全単射 X→Y が存在する」.
ただし,全単射 X→|X| は存在するとは限りません.実は,選択公理無しでは全単射 X→|X| が常に存在するように |X| を定義できないことが知られています.([Jech]定理11.3を参照)
さて,ともかく ZF で濃度 |X| が無事定義できることは分かりました.しかし,実はこれは定義できたからといってもあまり嬉しくありません.というのも, ZFC で成り立つ以下のような性質が ZF では証明できないからです.
定理 X, Y, Z, W を無限集合とするとき,以下の命題は ZF では証明できない.
- |X|+|X|=|X| .
- |X|≦|Y| ならば |X|+|Y|=|Y| .
- X が非可算で Y が可算ならば |X\Y|=|X| .
- X が非可算で Y が可算ならば |X∪Y|=|X| .
- |X|・|X|≦2|X|
- |X|≦|Y| または |X|≧|Y| .
- |X|・|Y|=|X| +|Y| .
- |X|・|X|=|X| .
- |X|+|Y| =|X| または |X| +|Y| =|Y| .
- |X|・|Y|=|X| または |X|・|Y| =|Y| .
- 任意の |X| に対しある |Y| が存在して |X| =|Y|・|Y| .
- |X|・|X| =|Y|・|Y| ならば |X| =|Y| .
- |X| < |Y| かつ |Z| < |W| ならば |X| +|Z| < |Y| +|W| .
- |X| < |Y| かつ |Z| < |W| ならば |X|・|Z| < |Y|・|W| .
- |X| +|Z| < |Y| +|Z| ならば |X| < |Y| .
- |X|・|Z| < |Y|・|Z| ならば |X| < |Y| .
- |X| < |Y| ならばある |Z| が存在して |Y|=|X|・|Z|
- |X| +|Z| =|X| +|W| ならば |Z| =|W| または |Z|, |W| < |X| .
- |X| +|X| < |X| +|Y| ならば |X| < |Y| .
- |Z| < |X| かつ |W| < |X| ならば |Z| +|W|≠|X| .
- |Z| < |X| かつ |W| < |X| ならば |Z|・|W|≠|X| .
- |Z||X| < |Z||Y| かつ |Z|≠0 ならば |X| < |Y| .
- |X|≦|Y|+|Z| ならば |X|≦|Y| または |X|≦|Z| .
- |X|≦|Y|・|Z| ならば |X|≦|Y| または |X|≦|Z| .
特に, 6 以降は選択公理と同値です.
「 |X|・|X|=|X| 」は選択公理と同値であるが,「 |X|+|X|=|X| 」は選択公理と同値ではない.
「 |X|・|X| =|Y|・|Y| ならば |X| =|Y| 」は選択公理と同値であるが,「 |X|+|X|=|Y|+|Y| ならば |X|=|Y| 」は ZF で成り立つ.
「 |X| < |Y| ならばある Z が存在して |Y|=|X|・|Z| 」は選択公理と同値であるが,「 |X| < |Y| ならばある Z が存在して |Y|=|X|+|Z| 」は ZF で成り立つ.
これを何となく眺めていると,濃度の和には選択公理がかなり必要で,濃度の積には選択公理が完全に必要だという感じがします.では濃度の冪はどうなのでしょうか.実は,濃度の冪は ZFC では殆ど決定できず,見るからに矛盾している場合を除けばかなり自由にできることが知られています.
定理([キューネン]第VIII章§4を参照) 正則基数 |X| の冪 2|X| は,単調性( |X|<|Y| ⇒ 2|X|≦2|Y| )とKönigの補題( cf(2|X|)>|X| )に従う範囲であれば,どのように定めても ZFC では矛盾しない.
参考文献
- Thomas J. Jech, The Axiom of Choice, North Holland, Amsterdam, 1973
- ケネス・キューネン,集合論-独立性証明への案内,藤田博司訳, 日本評論社, 2008
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